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05_ 寒山拾得(舞鶴市)

  • 6月20日
  • 読了時間: 8分

更新日:6月22日






FOCUS


丹後の生産者をご紹介




舞鶴市

05_ 寒山拾得





グレーを肯定する。

「寒山拾得」が目指す、

身の丈の暮らし。


自ら罠をかけ、解体し、熟成させてつくる鹿肉のごちそう



※本記事には狩猟・解体現場の記録写真が含まれます。

命を扱う現場のありのままの姿を記録しておりますので、

あらかじめご了承ください。






4月中旬、早朝の山の中で



4月中旬の山を渡る風に、かすかに朝の冷気が残る朝。

舞鶴の里山には朗らかな光が差し込み、木々が新緑の輝きを放ち始めていた。

足元の濡れた草を踏みしめながら、猟師の清水 祐輔さんのあとに続く。

斜面を手探りで這い上がると、そこにはピンポイントで狙いを定め、数日前に仕掛けたという足首を括るタイプの罠を見つけた。


その一つに、小さな鹿がかかっていた。


捕獲するために「くくり」を用いる清水さん。


フェンスの踏んだ跡や草の茶色くなった獣道を見て定めた罠の仕掛け場所に1匹の子鹿がいた。


清水さんは鈍器を手にし、迷いのない手つきで鹿を失神させる。

鹿は小さく鳴き声をあげる。

鹿を抑え、頭を下にして首元をナイフでさらった。

溢れ出る血とともに、生き物の体温が山へと還っていく。

最後まで動いていたその身体が静まり、

小さく見開かれた瞳孔が、静かに命の終わりを告げた。


粛々と進められていく。





「誰かが、やらなきゃいけないことですから」





清水さんは静かに呟き、次の鹿が誘い込まれるように手際よく撒き餌を施した。罠猟師として山に入り、日々こうしたリアリティの真ん中に身を置く清水さん。しかし、今日仕留めた鹿は、私たちの口に届く「食材」にはならない。

サイズが小さくダメージを負っていたのだ。

鹿の身体のうち、人間の食肉として利用できるのはわずか25%程度に過ぎない。小さすぎる個体や、罠にかかった際の傷が深く肉質が落ちてしまったものは、良質の肉に加工することができず、焼却処分場へと運ばれる。その事実に背を向けることなく、清水さんは車を走らせる。そこには、綺麗事では片付けられない、狩猟という営みの静かな現実がある。


撒き餌はどこにでもしているわけではなく、ピンポイントに狙って行う。生温かさの残る鹿とともに焼却施設へ。

捕獲個体が国の補助金の交付対象かを確認するため、証拠書類の提出を行う。「尾」がその証拠品となるため、切り取られる。

舞鶴市の地域猟友会の取り決めでは、捕獲後の処理は2名で行う必要がある。




立ち会わせていただいた猟の現場には、私たちが普段の暮らしで見ないふりをしている『生と死』の現実が確かにあった。清水さんがその光景をただ淡々と受け入れ、自らの血肉に変えていく。その背中を見つめながら、自分たちの手で暮らしを創り出すとはどういうことなのか。清水さんが狩猟という仕事を通して体現している、彼自身の哲学についてお話を伺った。







復讐心から始まった、10年目の「身の丈の暮らし」



​清水さんがこの地へ家族とともに移住してきたのは、今から約10年前のこと。大学中退を経て派遣社員として資金を貯め、1年間の農業研修、その後の紆余曲折を経て辿り着いた。ただ、最初から崇高な大義や環境保護の精神が彼を突き動かしていたわけではない。きっかけは、自らが丹精込めて育てた作物を荒らされたことに対する、極めて個人的な「復讐心」だった。

「農作物が守れるなら、どんな手段を使ってでも獣を減らしたい」と苦々しくこぼす人がでるほど、日本の農家の獣害は深刻を極めている。一晩で無残に破壊される作物を前に、当事者として憤り、抗うためにわな狩猟の資格を取り罠を仕掛け始めたこと。それが、清水さんの猟師としての原点である。

しかし、自ら罠をかけ、命を奪い、その肉を捌くという、あらゆる「生命のリアリティ」を五感で体験し続けるうちに、その復讐心は静かに変化していった。




私たちが普段、切り身の肉を買うとき、そこから「命を奪う」という生々しい行為は排除されている。いただく食肉が、もともとどこから来たのかを知る機会は少ない。さらに動物に対して「殺してはかわいそう」「殺すのは人間のエゴではないか」という一部の社会的な倫理観も存在する。

(だが、清水さんが身を置く狩猟の現場は、「殺してはかわいそう」というその倫理観だけでは立ち行かない。農家にとっては生活を守る(正義である)害獣駆除も、ひとつの命を絶つ行為であることに変わりはないからだ。)

「殺すことはエゴではないか」という問いと、「命をいただかなければ生きられない」という現実。その二つが混ざり合う狩猟という生業こそが、清水さんの「グレーゾーン」な現場ともいえる。

清水さんが行き着いたのは、どちらか一方に結論を急ぐことではなかった。この割り切れない現場をあえて自らの生活の軸に選ぶこと。周囲の理解を得られぬこともあったが、舞鶴市内で唯一、人用の食用処理施設を整え「いただいた命を、おいしくいただく」ことを貫いてきた。それは「自分の手の届く範囲で、身の丈の暮らしを営む」という、実直な哲学であると感じる。

清水さんが静かに刃を握るその手元には、社会の善悪とは異なる、自身の確かな「答え」が刻まれている。





山の肉屋「寒山」と、10~20日間熟成される至高の鹿肉


加工場「寒山」


清水さんが営む山の肉屋「寒山」。ここは、単なる獣肉専門の解体処理・販売ではない。仕留められた鹿は、清水さんの手によって丁寧に解体され、10日〜20日間という長い時間をかけて熟成される。この期間が、鹿肉の味わいを劇的に変えるそう。余分な水分が抜け、凝縮された旨みと、熟成によって引き出される芳醇な香りは、この場所でしか生まれない。

鹿の角、内臓、骨、そして皮。捨てられる部位を極限まで減らし、命を出来る限り余すことなく使い切る。それは、環境への配慮であると同時に、命を奪うことへの報いでもある。


清水さんのこだわりの核:枝肉(剥皮と内臓除去した状態)での「枯らし」。

加工場「寒山」の熟成が、肉をスペシャリティに変化させる。


清水さんは、不特定多数に向けた大量生産は選ばない。「数を出さない」と振り切ることで、一つひとつの肉に妥協のない価値を宿らせる。感度の高いレストランや作家、そしてこの肉の本質を理解する個人へ。顔の見える関係性の中で行われるそのスモールビジネスには、持続可能な経営という言葉以上に、自立した職人としての美学が貫かれている。



加工された鹿肉。これらの一部は「鹿肉辣油」「鹿肉味噌」にも使用されている




寒山拾得という「グレー」な場所



加工場「寒山」から車ですぐの場所に宿「拾得」がある。この一風変わった屋号は、中国・唐の時代に生きた、寒山と拾得という2人の伝説的な奇僧に由来している。


寒山拾得:寒山(かんざん)と拾得(じっとく)は、中国、唐の時代に、天台山国清寺(てんだいさんこくせいじ)に住み着いて、雑事や掃除をしていたという、伝説的な二人の人物です。異常ないでたちで、普通の人には理解できない言葉や行為を繰り返していたといい、現世や堕落した仏教界を批判するような寒山の詩がのこっています。後に、常識にとらわれない生きざまや反骨精神が、禅の世界で尊崇されるようになり、東洋絵画の主題として人気を博していきます。

引用元:ColBase/国立文化財機構所蔵品統合検索システム/https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/TA-148?locale=ja

閲覧日:2026.06.20



清水さんがこの名を掲げたのは、単なる風流からではない。清水さんは自身の生活の軸として、善とも悪とも言い切れない命の「グレー」な現場を選び取った。世間が語る倫理感――すなわち、「殺すことは善か悪か」という単純な白黒で物事を処理しようとするマニュアル化された枠組み――から少し足を踏み外し、日々獣を罠にかけ、捌き、食べるという営みを続ける自身の佇まいを、かつて世の常識に背を向けたあの風狂の僧たちに重ね合わせているからだ。



狩猟を終えた清水さんが戻る、もうひとつの現場。宿「拾得」

静かな里山に佇む、民藝が寄り添う空間。



清水さんが宿で狩猟体験を受け入れたり、メディアの取材に応じるのには理由がある。決して「知ってくれ!」と声高に叫びたいわけではない。ただ、自身が営むこの暮らしに、ほんの少しだけ「覗き窓」は必要だと感じているのだ。

価値あるものは、完全なクローズドでもなければ、誰にでも開かれたオープンであるものでもない。見えたり見えなかったりする距離感の中でこそ、その輝きは増していく。白でも黒でもない「グレー」のような曖昧さがポイントなのだ。


何をやっているのかはよくわからないけれど、なんだか気になる。そんなふとした好奇心を持ち自主的に訪ねてきた人に対し、清水さんは静かに門戸を開く。説明するよりも、まずは自ら手で触れ、考え、足で思う。その地の空気を吸うこと。そうして得た体験こそが、言葉を超えた真実を伝えると知っているからだ。


寒山拾得には、実地経験の手伝いや醤油づくりなど、ただ群れることをよしとしない自立した仲間たちが集まってくるそう。緩やかでありながら、確かな実感を伴う信頼でつながるこの心地よさは、清水さんというフィルターを通した「グレー」な体験の裾野から生まれている。



使い古された道具や素朴な手仕事の品々が、

時を経てなお美しく息づいていました。

鹿皮を用いてつくられたというランプシェードのあたたかい光が印象的。





命を噛み締める、豊かな暮らしの風景



清水さんの視線は、すでに次の景色へ向いている。

狩猟で得た糧と、自前のお米で醸す酒。そして、この地で手に入れる塩。

肉、酒、塩。それは人間が生きるための、最も根源的で、ロマンに溢れた要素だ。

『社会の常識として正しいとは思っていない。けれど、逆らいたいわけじゃない。自分のできることを続けて、共感してくれる人だけに届けばいい。』

淡々と語るその言葉からは、過酷な現場を乗り越えてきた者だけが持つ、穏やかな強さが感じられる。「グレー」な世界を恐れず、自らの手で命に触れ、食べる。

噛み締めるほどに、土地の味わいと清水さんの哲学がじんわりと広がっていく。そんな「寒山拾得」の獣肉は、私たちの日常に、小さな光のような豊かさを添えてくれる。何が正しいかではなく、どう生きるか。その問いを抱えたまま、今日も清水さんは営みを続ける。



(左)取材させていただいた寒山拾得 清水さん。(右)商品各種。スペシャリティとして楽しめる逸品たち。









取材日:2026年4月中旬

取材先:寒山拾得【山の肉屋「寒山」】、【農家民宿「拾得」】


Information:


寒山拾得

〒624-0118 京都府舞鶴市西方寺780





ADDRESS

82 Hirata Ine-cho,

Yosa-gun, Kyoto-fu 626-0423

Japan

TEL :

+81(0)772-45-0429

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